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子供のとき、大きく見えた父の背中、何よりも暖かく感じた母の手

それは大人になっても忘れない・・・忘れたくない・・・

二度とない、二度と起こらない思い出・・・それは忘れたくない一生の宝物・・・

だけど・・・忘れたい過去もある・・・できれば、なかったことにしてほしい過去だってある・・・

やり直したい過去だってある・・・




NEVER RETURN NEVER AGAIN






8月の猛暑の中、海岸に面したこの倉庫街は異様な暑さだった。
誰もこんな暑いときにこんな所に来たくない。そう思える場所だった。
しかし、そんなところにも関わらず、私は一つの倉庫の中に一人の男と一緒にいた。
私たちは何も好き好んでここにいるわけではなかった。しかし、私たちはここにいなくてはいけなかった。
なぜなら、ここが私たちの仕事場だったからだ。
この倉庫の入り口には小さな看板に「あまぎ探偵事務所」とひっそりと書かれている。
そう、ここがかの有名(?)な、あまぎ探偵事務所である。
そして、私たちが、あまぎ探偵事務所の所員の、私こと、氷室恭子と所長の天城小次郎である。
貧乏探偵の代名詞・・・とでも、言えようか。
この倉庫には必要最低限のもの以外には何もなかった。経済的、といえばそうなのかもしれないが、
その言葉も言い訳にしか聞こえないほど、質素であった。
おまけに、倉庫の家賃は滞納し、先月は電気を止められかけた。これはどうしようもなく経済的に危ういとしか言えない。
・・・これ以上言うと、所長である小次郎に怒られそうなのでやめておこう。
そんなこんなで経済的に余裕のないここではエアコンはもとより、扇風機させも
動かすことが許されなかった。小次郎いわく、
暑さなんて我慢すればどうにかなる。夏が暑いのは当然だ。
心頭滅却すれば火もまた涼し、らしい。たまにはもっともらしいことを言うものだ・・・
と思いながらも、口には常にアイスクリームをくわえて、
うちわを扇いでいる小次郎の姿を見ては、前言撤回、としか言いようがなかった。
そして、今日も小次郎はアイスをくわえながら、事務所の中を歩き回っていた。

【小次郎】「お〜い、氷室」

小次郎は、まるで暑さで溶けてしまったような気力のない声で私を呼んだ

【小次郎】「氷室、例の件の調査どうなった?」

【氷室】「例の件?」

【小次郎】「例の件の調査だよ。ほら、家出した子供を捜してくれっていう依頼。あれの調査はどうなったんだ?」

【氷室】「あっ、ごめん。まだ、何も調べてないの」

【小次郎】「なるべく早く調べてくれよ。俺も他の仕事があるんだから」

【氷室】「わかったわ」

私がそう言うと、小次郎はうちわをあおぎながら外に出て行った。

今、このあまぎ探偵事務所には二つの依頼が転がり込んでいた。
一つは、今やお馴染みの迷子の猫探しである。しかも、今回のは少し厄介なもので、前科100犯をゆうに超える家出猫である。
逃げるのが達者で、捕まえても捕まえても逃げるのでどこの探偵事務所も手を焼いていた。
そして、今回は私たちに回ってきたというわけだ。まぁ、これは小次郎の得意分野だから、小次郎に任せておけばいい。
そして、私はもう一つの依頼を任せられていた。その依頼とは、家出した娘を捜して欲しいというものだった。
家出した少女の名前は水谷沙希、シングルマザーの資産家の一人娘で有名私立女子高に通う17歳のお嬢様、と
他人から見れば、なりたくてもなれないような身分の人間だった。こんないい身分で家出する理由なんてあるのかしら・・・
ふいに私はそんなことを考えてしまった。しかし、そんなことを考えていても何を始まらない。
家出した理由なんてどうでもいい。私は家出をした女の子を捜せばいいんだから。私はそんな風に気持ちを切り替えて、早速、調査に出た。







とりあえず、私は彼女を捜すための手がかりを見つけるために彼女の家に来た。

ピンポーン

私は家の呼び鈴を鳴らしてみたが、誰も家の中から出てくるような反応はなかった。
しばらく、何度か鳴らし続けてみたが、誰も家の中から出てきそうになかった。

【氷室】「冗談だと思ってたけど・・・」

私はため息混じりな言葉でそうつぶやいた。
私がそう呟いたのには理由があった。それは、昨日、依頼を受けてここに来たときに、彼女の母親から、いきなり鍵を渡されて、

「昼間は私は仕事で家にいませんから、娘の部屋を調べたいなら、どうぞ勝手に入ってください」

と言われたことにあった。娘がいないときに仕事なんて、まさかとは思っていたが・・・。
私はそんなことを思いながら、言われたとおりに渡された鍵でドアを開けて、家の中に入った。

ガチャ

家の中に入った私はとりあえず、二階にある彼女の部屋に向かった。
階段を上がった、すぐ手前の部屋。そこが彼女の部屋だった。部屋に入って、私は手がかりを探すことにした。

【氷室】「さて・・・と、まずは何を調べようかしら」

今のところ、手がかりとしてあるのは、昨日、彼女の母親が彼女の部屋で見つけたという
「捜さないで下さい」とだけ書かれた書置きだけだった。

【氷室】「まずは、事件性かどうかよね」

家出は大きく分けると2パターンに別れる。一つは自発的な家出。
突発的な感情による家出、現実逃避による家出、そんなのはこの部類に入る。
もう一つは他発的な家出。これは簡単に言うと、強制的に家出を強いられたりすることが
この部類に入る。他発的な家出の場合、事件性が大きく、下手をすると誘拐というケースもある。
もし、事件性があるならば、これ以上は探偵でなく警察の仕事になってしまう。
そうなると私たちの仕事はここで終わってしまうから、当然のことながら
依頼達成時の料金は支払われない。そういう意味でも、できれば事件性のない家出であってほしい。
私はそう思いながら、彼女の部屋のクローゼットを開けた。

【氷室】「ふむふむ・・・」

クローゼットの中には服が乱雑に散らかっていた。
部屋の雰囲気からいって普段から整理整頓はしているようだから、
いつも散らかっているというかんじではない。
どうやら、慌てて家出用の荷物をまとめたというかんじだ。
それを証明するように、目立つような派手な服だけが取り残されるように置いてあった。
家出するとき、持っていける荷物の多さには限度がある。
そこで、持っていくものを選ぶ必要が出てくる。当然のことながらそうなると、
減らさなくてはいけない荷物が出てくる。そうなると、第一に減らす荷物は
大抵の場合、服である。派手な服などは機動性がないことと、目立ちやすいために、
家出のときには置いて行く事が多い。そして、それらを置いて行くということは少なくとも計画的に家出が行われたことを表している。
つまり、それは同時に彼女は自分から進んで家出をしたということでもある。

【氷室】「どうやら、自発的な家出のようね」

私はそう呟いて、クローゼットを静かに閉め、
彼女の部屋の中をぐるっと見渡した。特に目に入るものもない・・・。
あるのは机とベッドと教科書なんかだけが入った本棚、他には特に何もない。
整理されているといえばそうなのだが、殺風景にも思えた。
17歳の女の子の部屋なら、もう少し何か余計なものが一つや二つ置いてあってもよかったようにも思えた。

ピンポーン

そのとき、突然、家の呼び鈴が鳴った。

【氷室】「えっ?」

ピンポーン

【氷室】「ど、どうしよう」

ピンポーン

私が慌てている間にも呼び鈴はせわしくなり続けていた。

【氷室】「出た方がいいのかしら・・・?」

【声】「すみませーん、こちらの家の庭に猫が迷い込んだんですけどー」

出ようかどうしようか悩んでいると、家の前から声が聞こえた。
声の主は女性のようだけど・・・
あれ?今の声・・・どこかで聞いたことあるような・・・

【声】「すみませーん、誰もいませんかー?」

間違いないわ。この声は・・・
私はそう思いながら、ドアを開けた。

ガチャ

【声】「あっ、すみません・・・って、あれ?」

【氷室】「やっぱり、もしかしてと思ったけど、弥生さんだったのね」

声の主は、桂木探偵事務所の所長の弥生さんだった。

【弥生】「氷室さん・・・?まさか、この立派な家が氷室さんの家?」

弥生さんは、この立派な家から私が出てきたので驚いているようだ。

【氷室】「ふふ、そんなわけないでしょ。ちょっと用事でいるだけよ。今は留守番みたいなものよ」

その驚きように私はついおかしくなって、笑いながら答えた。

【弥生】「用事?仕事か?」

【氷室】「まあ、詳しいことは言えないけど、仕事とだけ言っておくわ」

【弥生】「そっか・・・よかった」

【氷室】「よかった?」

【弥生】「い、いや、なんでもない」

弥生さんが、よかったと言った意味はよくわかった。
それは弥生さんが小次郎を心配していたからだ。いつになっても仕事が
来ないような私たちの事務所を心配していたから弥生さんは
私たちに仕事が来たことに、つい、よかったと言ってしまったのだろう。
考えようによっては哀れな目で見られているようだが、
私も仕事が来て本当によかったと思っていたので、何も嫌な言葉には聞こえなかった。

【氷室】「それで、猫って?」

【弥生】「そうだった。裏の庭に入らせてもらっても大丈夫かな?」

【氷室】「ええ、大丈夫だと思うけど、何で?」

【弥生】「詳しい話は後でするよ。早くしないと逃げてしまうんだ」

なにやら弥生さんは急いでいるようだったので、私は詳しい話は聞かずに、
とりあえず、弥生さんは裏庭に連れて行った。

裏庭に着くと、弥生さんは周りを見渡してから、
木陰などや、塀の隙間などを慎重に見て回っていた。

【弥生】「おっかしいな〜。確かにこの庭に逃げたはずなのに」

しばらくしてから、弥生さんはため息をつきながら言った。

【氷室】「どうしたの?飼ってる猫が逃げちゃったの?」

【弥生】「いや、私のじゃなくて、クライアントの猫なんだ」

【氷室】「クライアント?ってことは、迷子の猫探し?」

【弥生】「そうだ。どうした?私が何か変なこと言ったか?」

【氷室】「意外だったわ。弥生さんのところってそういう依頼はうけないかと思った」

業界屈指と呼ばれている桂木探偵事務所でも猫探しくらいはやっているとは思っていた。
しかし、まさか、所長である弥生さん自ら、猫探しというのは意外だった。
そんなことを思いながら、思ったことを口に出すと、その言葉に弥生さんは少し苦笑いしながら答えた。

【弥生】「おいおい、私のところだって仕事を選んでるほど裕福じゃないぞ」

【氷室】「でも、所長自ら猫探しなんて、意外だったわ」

【弥生】「所長だからって、仕事を選ぶわけにもいかないさ。そう言うそちらさんの所長さんも、今ごろ、猫探しでもしてるんじゃないのか?」

弥生さんは、少し皮肉っぽく言ってきた。
弥生さんの言葉は見事にあたっていたのは、私も思わず苦笑いしながらこたえた。

【氷室】「ええ、今ごろ苦戦してるところだわ」

【弥生】「何だ?小次郎は本当に猫探しをしているのか?」

弥生さんは冗談半分で言った事があたっていたので、驚いているようだった。

【氷室】「ええ、しかも、今回は常習犯の家出猫よ。そっちは小次郎に任せてるわ」

【弥生】「二つも依頼か。えらく繁盛してるんだな」

【氷室】「それって皮肉?」

【弥生】「あっ、いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。最近、私のところもめっきり依頼が減ったんで、
     本当にそう思っただけなんだ。悪い気分にさせたんならすまないと思ってる」

【氷室】「依頼が減った?何で?弥生さんのところは、この業界屈指の事務所でしょ?」

【弥生】「そんなこと関係ないさ。不景気になればどこも客が減るもんだ。この業界だって例外じゃないさ。それに業界屈指と呼ばれたのも、
     パパと小次郎が居たときのことだし・・・」

不景気・・・か。
そういえば、公務員だった昔の私にはあまりなじみの無かった言葉ね。
まぁ、今では毎日が不景気だけど。でも、業界屈指と呼ばれた
桂木探偵事務所まで不景気となると、弥生さんも所長としていろいろと
大変そうなんだな、と思った。

ガサガサ・・・

ん?今何か音がしたような・・・
私は何かの音に気づき、音のした方を向いた。
音がしたのはちょうど弥生さんの後ろの植え込みからだった。

【氷室】「あっ、弥生さん後ろっ!?」

【弥生】「えっ?」

【氷室】「猫!!その植え込みの中」

音がした方を見ると、植え込みの中から猫が顔をのぞかせていた。

【氷室】「あっ、逃げちゃう」

猫は私たちが気づいたことを察したようで、逃げようとした。

【弥生】「あっ、こらっ、待てっ」

そのとき、弥生さんが逃げようとする猫を急いで捕まえようとした。

ニャー

しかし、猫はすばやく弥生さんの腕をすり抜けた。

【弥生】「こらっ、待てって言ってるだろ。言うことを聞かないか」

【氷室】「猫にそんなこといってもわかるはずないでしょ」

そんなことを言っている間に、猫は私の足元に逃げてきた。

【弥生】「氷室さん、捕まえて」

【氷室】「ちょ、ちょっといきなり言われても」

【弥生】「ああ、また逃げる。このっ!!」

私が戸惑っていると、猫はまた逃げようとした。
それを見て、弥生さんは、これ以上逃がしてたまるかというかんじで、
私の足元にいる猫に向かって飛びついてきた。

【氷室】「ちょ、ちょっとっ!!」

ドターンっ!!

私の足元にいた猫を捕まえるために、弥生さんが飛びついてきたので、
弥生さんは私の足にタックルしてくるようなかんじになってしまい、
私は姿勢を崩してしまい、そのまま後ろにしりもちをついてしまった。

【氷室】「イタタタ・・・」

【弥生】「ほら、つかまえたぞ。観念するんだ」

猫は弥生さんにつかまってしばらく逃げようと抵抗したが、
少ししてから観念したように、静かになった。

【弥生】「ふぅ、やっと捕まえられた」

【氷室】「ちょっと、何で私を押し倒すのよ」

【弥生】「す、すまない。ついムキになってしまって。氷室さんのおかげで、私の仕事も片付いたよ。ありがとう」

弥生さんはそう言いながら、倒れた私を起こしてくれた。

【弥生】「手伝ってくれた御礼を何かしないといけないな」

【氷室】「別にいいわよ。私はべつに何もしてないから」

【弥生】「そういうわけにもいかないさ。同業者に貸しを作ったままじゃ、所長としての私のメンツがたたないからな」

【氷室】「そう、じゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかしら」

【弥生】「わかった。・・・と、その前にこの猫をクライアントに届けに行ってくるから、少しの間、待っててくれないか?」

【氷室】「ええ、かまわないわ。ここで待ってるから」

【弥生】「すまないな。すぐに戻ってくるから」

弥生さんはそう言って、捕まえた猫をクライアントに届けに行った。
さてと、少し中断してしまったけど、仕事の続きをしようかしら。
私はそう思いながら、家出した少女の部屋に再び戻った。

再びここに戻ってきた私は、再確認するように部屋を見渡した。
当然のことながらさっきと何も部屋に変化はない。
相変わらず殺風景な部屋だ。

【氷室】「この部屋にいると、何だか昔の私の部屋にいるような気がしてくるわね・・・」

ふと、私はこの部屋の中にいて、そうつぶやいた。
昔の自分の部屋にいるような気がする・・・普通ならそれは、
懐しくて、とても心地よい空間を表現している言葉なのだろう。しかし、私の場合は違った。
寂しさと悲しみ、私にとって昔の自分の部屋とはそういうものだった。

きれいに片付いた部屋、教科書などだけが入った本棚、一切無駄なものが無い空間・・・
私の昔の部屋もこんなかんじだった。
他の友達の部屋は、皆、かわいい人形やぬいぐるみなんかがおいてて、女の子らしい部屋だった。
だけど、昔の私はそんなものに憧れを抱こうとは思わなかった。
大きくなったら母のようになる、父のようになる・・・それだけを憧れにしていた私にとって、
自分の部屋などは、一時の休憩所にしか考えていなかった。だから、
他人がどう言おうと、私は自分の部屋に飾り気のあるものなど置こうとはしなかった。
それが自分のためであると思っていた。だけど、その考えもある日から変わった・・・
ある日、私はふとしたことから、私にとって両親とは何なのか考えてしまった。
今思うと、それさえなければ、自分の部屋に寂しさや悲しみの感情を置き換えるようなことも
なかったかもしれないし、今の私もいなかったのかもしれない。
あの日・・・ちょっとしたことで見つけた昔のアルバムの写真を見るということがなければ・・・

ある日、私はちょっとしたことで昔のアルバムを見つけた。
何気なく、アルバムの整理程度に考えて見てると、懐かしい風景、友達との記念写真、
見ているうちに吸い込まれるようにアルバムのページを一ページずつめくっていた。
写真を見ては、ときには苦笑いを浮かべたり、ときには懐かしさのあまりに泣きそうになったり、
ときには大口あけて笑ったり、心の落ち着く瞬間がそこにはあった。
でも、アルバムの最後のページをめくったときには、それまでの懐かしさや楽しさはどこにもなく、
そこにあったのは大きな悲しみと寂しさだけだった。それはあることに気づいてしまったからだった。
最後まで私のアルバムを見て気づいたこと、それは、私のアルバムには
私が母や父といっしょに写っている写真が全然なかったことだった。
それに気づいたとき、私にとって、両親というものは何なのかと考えてしまった。
そして、子供の私が出した答えは、両親は私の憧れの人物だけであり、愛情をそそいでくれるような
優しい人物ではないと答えだった。今ながら考えると子供ながらに残酷でありながらも
あまりに正確な答えだったのだと思う。改めて子供の頃からのことを考えても、
私にとって、両親は憧れの対象であるだけであり、愛情を求めるための人物ではなかった。
憧れの対象なだけで、別に他人でもいい。極端に言ってしまえばそんなかんじだった。
だからといって、私は母や父を恨むようなことはなかった。
・・・でも、好きにもなれなかった。正確にいえば、
好きになれなかったというよりも、好きになるための方法が見つからなかった。
それまで求めてもいなかった愛情を急に求めるのは無理だった。
それは、両親の愛情を求めるのがあまりにも遅かった結果だった。
それでも、私は強引に両親の愛情を求めようとした。でも、
私の想いとは違い、親は私の近くにはほとんどいなかった。
そして、時間は無情にも過ぎ、私はそのまま大人になってしまった。
大人になった私は、両親とほとんど縁を切ってしまったような状態になってしまった。
それは、私が愛情を求める対象ではないと思ったからであり、
そして、私のライバルであったからだった。母と父を憧れ、大人になった私は
母と父のような人物になろうとした。その結果、教育監査機構の監査員になった。
その瞬間から、私にとって、母と父はライバルになった。ライバルになれば
母と父は私とは他人同然、いや、他人そのものだった。だから、私は縁を切った。
教育監査機構を辞めた今では、そんなことはもう何の関係もないのかもしれないが、
それでも、私は、本当の愛情で絆を結んでいない母と父を今でも心から信じることはできなかった。
客観的に見ると、私がただ親と会うのを恥ずかしがっているだけではないかとも思えるかもしれない。
多分、それもあるのだと思う。でも、やはりそれだけでなく、私は両親との間には、乗り越えられない
大きな壁がたっているのだと思う。だから、私は今でもどうしても両親と縁を戻すことはできなかった。
そんなことがあったから、私は自分の部屋を思い出すと、悲しみと寂しさがこみ上げてくる。

少し昔のことを思い出すと、私の頬にはひとすじの涙が流れた。

【氷室】「あれ・・・?どうして私泣いてるんだろ?」

泣いている理由はわかっているのに、弱い自分を否定しようと、
私は自分にうそをつくように、苦笑いしながら言った。


ガチャ・・・


そのとき、一階のドアが開く音がわずかにした。
弥生さんが帰ってきたのかしら?
私はそう思いながら部屋を出た。

二階の廊下に出ると、下から足音が聞えた。どうやら、誰かがいるようだ。

【氷室】「弥生さん?」

私が二階から一階に向かってそう言うと、

【声】「だ、誰?誰か上にいるの?」

そんな声が聞えた。
声は女性のようだったけど、弥生さんの声じゃなさそうだし、
依頼人のようでもないけど・・・まさか・・・

私は、まさかと思いながら、急いで一階に下りた。

【氷室】「やっぱり」

私が一階に下りて、目の前にいたのは少女だった。
まさかとは思ったが、家出した少女、水谷沙希本人だった。

【沙希】「だ、誰なのあなたは?」

彼女は私を見て驚いている。当然だろう。
自分の家に見知らぬ人間が勝手に居るのだから。

【氷室】「驚かしてごめんなさい。私は別に怪しい者じゃないわ」

【沙希】「怪しい者じゃないって、勝手に人の家に上がり込んでるのに何で怪しくないのよ」

彼女は私を警戒するように、声を荒げながら言った。

【氷室】「あなたのお母さんにちゃんと家の鍵もあずかっているわ。それに許可ももらっているわ」

【沙希】「母さんに?・・・あなた何者なの?」

【氷室】「あなたのお母さんに雇われた探偵よ」

【沙希】「探偵?探偵さんが何の用なの?」

【氷室】「もちろん、あなたの捜索よ。だけど、それもこれで無事終わりそうね。あなたが帰ってきてくれたし」

【沙希】「ごめんなさい。探偵さんには悪いけど、私はまだここに帰ってくるつもりはないわ」

【氷室】「そういうわけにもいかないのよ。あなたのお母さんが帰ってくるまでは、ここに居てもらうわよ」

【沙希】「何で私の邪魔をするの?」

【氷室】「別に、邪魔をしようとしているわけじゃないわ。あなたのことを思って言ってるだけよ」

【沙希】「私のことを思って?あなたに私の何かがわかるの?何で私が家出したかわかるの?」

【氷室】「そ、それは・・・」

【沙希】「私のことを何も知らないのに、あなたのことを思ってとか、心配だとかいう言葉を使わないで」

彼女は、何か苛立ちを私にぶつけるように、私にきつい口調で言った。

【氷室】「と、とにかく、あなたが帰ってきてくれないと、私も困るのよ」

【沙希】「本音を言ったら?あなたは探偵として、お金をもらえればそれでいい。
     だから、私にここに早く帰ってきてほしい。そのためには善人面して、
     私を心配しているふりをして、私を説得するのが一番手っ取り早い。
     そう考えているのかもしれないけど、そんなの大間違いよ。私はそんな手に
     ひっかるような子供じゃないわ」

彼女はさらに声を荒げて、私に弁解の余地を与えないな口調で、
がむしゃらに喋りつづけていた。

【氷室】「・・・そうね。前言撤回するわ」

彼女の様子を見て、私は彼女とは反対に冷静になった。

【氷室】「私は仕事のために、少しでも早くあなたにここに帰ってきてほしかった。
     だから、今のこのチャンスを逃したくなかった。これが私の本音よ」

【沙希】「どうしたの?いきなり態度を変えて?」

急な私の態度の変化に、彼女は少し躊躇しながら、
まるで、私がおかしくなってしまったかと思ったかのように
半笑いを浮かべた表情をしていた。

【氷室】「あなたが偽善者ぶるなと言ったから、そうしただけよ」

私は冷静に言い放った。

【沙希】「・・・・・」

私の言葉に、彼女は困惑の表情を浮かべていた。

【氷室】「困った顔してるわね」

【沙希】「あ、当たり前でしょ。あなたみたいな変わった人は初めて見たわよ」

【氷室】「変わった人?」

【沙希】「そうよ。さっきまで優しい顔してると思ったら、今度は唐突に
     冷静に本音を表情も変えずに喋りだす人なんて、初めて見たわよ。
     変な人」

【氷室】「ふふ、そうね。たしかに変な人かもね」

【沙希】「あっ・・・ご、ごめん。変な人なんて言って」

【氷室】「いいのよ。突然、目の前に現れた他人ですもの。そういう表現されて当然だわ。
     でも、あなたも十分、変わった人ね」

【沙希】「私が?」

【氷室】「家出人が家に堂々と帰ってくるなんて、珍しいことよ。
     何で、まだ帰りたくって言ってるのに、今だけ帰ってきたの?」

【沙希】「そ、それは・・・」

【氷室】「何か大事なものでも忘れ物をしたの?」

【沙希】「あ、あなたには関係ないでしょ。ここは私の家なんだから、いつ帰ってこようと、私の勝手でしょ。
     とにかく、私はまだ家には帰らないから、母さんにそう伝えといて」

彼女は、少し興奮気味にそう言って、逃げるように玄関を開けた。

ガチャ

【氷室】「ちょ、ちょっと待ちなさい」

ドンっ!!

【沙希】「きゃっ!!」

【弥生】「っと、いきなり何だ?」

彼女がドアを開けた瞬間、タイミングよく帰ってきた弥生さんが
ドアの目の前に居た。彼女は弥生さんにぶつかって、そのまましりもちをついて転んだ。

【氷室】「弥生さん。ちょうどいいところに帰ってきたわ」

【弥生】「あ、ああ、いったい、どうしたんだ?」

弥生さんは状況がよくわからずに戸惑った表情をしている。

【沙希】「つつつ・・・」

【氷室】「大丈夫?」

私は転んで痛がっている彼女を起こすために手をかしてあげた。

【氷室】「足をすりむいてるわね。手当てしてあげるわ」

よく見ると、彼女の足は軽くすりむけて血が出ていた。

【沙希】「い、いいわよ。これくらい一人で手当てできるから」

【弥生】「怪我をしたのか?すまなかった。私がよけてれば転ばずにすんだのに」

【沙希】「そんなに謝らなくてもいいわよ。私が悪いんだから。怪我っていっても、この程度だし・・・いたっ」

【氷室】「見た目よりも痛そうね。変なこけかたしたから、捻挫でもしてたら大変ね」

【沙希】「だ、大丈夫だって、痛くないし・・・」

彼女はそう言ったが、明らかに痛そうな顔をしていた。

【弥生】「我慢するのはよくないぞ。早く手当てしたほうがいい」

【沙希】「いいって。本当に痛くないから」

【氷室】「何でそんなに無理をするの?何か理由があるの?」

【沙希】「・・・・・・」

彼女は少しの間、黙り込んでしまった。
だが、観念したように、小さな声で話し出した。

【沙希】「・・・ここにいたくない」

彼女はうつむきながら、そう言った。

【氷室】「・・・なるほどね。わかったわ」

【弥生】「わかったって、どういうことだ?」

【氷室】「詳しいことは後で話すわ。とにかく、どこか別の場所に行きましょ。静かな場所がいいわね」

【弥生】「場所を変えるなら、うちの事務所はどうだ?ここから近いし」

【氷室】「そうね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

私達は桂木探偵事務所に向かった。






桂木探偵事務所につくまでの間、私は弥生さんに、
沙希さんについてのことを簡単に教えた。弥生さんの反応は
特に驚く様子もなかった。同業者だけあって、家出という言葉には慣れてしまっているようだ。
桂木探偵事務所についた私達は、弥生さんの仕事場である所長室に入った。

【弥生】「足は大丈夫か?」

弥生さんは沙希さんを見ながら、優しい声で話しかけた。

【沙希】「大丈夫。ちょっと痛むけど」

【弥生】「ちょっと、そこに座って待っててくれ。今、救急箱持ってくるから」

弥生さんはそういって、所長室から出ていった。
弥生さんが出て行くと、沙希さんは部屋の中をぐるっと見渡す素振りをした。

【沙希】「ここって、何の事務所なの?」

【氷室】「探偵事務所よ。と言っても、私のじゃなくて、さっきの女性が経営している事務所だけどね」

【沙希】「探偵事務所ってもっと変わった雰囲気があるところと思ってたけど、普通のオフィスと変わらないのね」

【氷室】「一部の事務所を除いては・・・ね」

もちろん、その一部とはうちの事務所のことである。

【沙希】「どうしたの?急に苦笑いなんかして?」

私が思わず苦笑いを浮かべたので、沙希さんは不思議に思ったようだった。

【氷室】「ちょっとね」

【沙希】「あっ、わかった。一部の事務所ってのが、あなたの事務所なんでしょ?」

彼女のその言葉には、悪気のようなものは一切無かった。
ただ、無邪気に友達と話すようなかんじだった。

【氷室】「ふふ、ご名答だわ」

【沙希】「ねぇ、あなたの事務所ってどんなかんじなの?」

沙希さんは、さっきまでかんじとは違い、興味ありげに私に話しかけてきた。

【氷室】「私の事務所は、海辺の倉庫を一つ借りただけの、ぼろっちいところよ。ここみたいに綺麗じゃないし、
     ただ広いだけが取り得の場所よ」

【沙希】「ふぅ〜ん、ドラマの探偵の事務所みたいで面白そうね」

【氷室】「ふふ、そう言われるとそうかもしれないわね」

【沙希】「その場所、気に入ってる?」

【氷室】「そうね。汚くて、ぼろっちいけど、なんだかんだ言って、けっこう気に入ってるわ」

【沙希】「いいなぁ、楽しそうで・・・」

彼女は突然、少し元気をなくしたような声で、そう言った。

【氷室】「楽しそう?」

【沙希】「ええ、皆、楽しそう。好きな場所で好きなことできるんだから」

【氷室】「あなたには好きな場所とかってないの?」

私がそう訊くと、彼女は何も言わずに、小さく縦にうなずいた。

【氷室】「学校とかは?」

【沙希】「学校行っても、皆、勉強のことしか考えてなくて、
     皆、周りにいる人間は敵だ。って目をしてるから、好きになれない・・・」

【氷室】「じゃあ、家は?」

私がそう言うと、彼女の表情が一気にこわばり、彼女は強い口調で話し出した。

【沙希】「一番嫌い。あんな所・・・もう、絶対に帰りたくない!!」

【氷室】「家にいることが苦痛に感じたから、家出したの?」

【沙希】「ええ、あんな、仕事だけのために生きているような女のところなんか、絶対に戻りたくないわ」

【氷室】「それって、あなたのお母さんのこと?」

【沙希】「ええ、そうよ。母さんよ」

【氷室】「そうね・・・。あなたのお母さんを見ていると、仕事のことしか考えてないって、
     言うのは否定できないような気がするわね」

彼女の言葉は否定できなかった。事実、私に家の鍵を渡したときの彼女の母親の態度は、
彼女が言うように、仕事のことだけしか考えていないようにしか伝わってこないような態度だった。

【氷室】「でも、何でさっきは家に帰ってきたの?」

その私の質問に、彼女は静かに答えた。

【沙希】「・・・家出なんて、本当はする気がなかった。ただ、困らせて、
     母さんがどんな顔で私のことを心配しているかだけ、見たかった。
     だから、それを見に帰ったのに、母さんはいなかった・・・」

ただ、心配させたかった。彼女のその言葉は迷惑をかけようとしたというよりも、
確かめたかった、というかんじだった。多分、母親の自分に対する感情がどんなものなのか、
確かめたかったのだろう。


【氷室】「・・・なんだか、あなたを見ていると、昔の私を見てるみたいね」

【沙希】「えっ?」

【氷室】「私もね。昔、あなたみたいに家出しようとしたことがあったの。
     私の親も、仕事しか考えていないような親だったわ。それが名誉のためなのか、
     お金のためなのか、わからないけど、とにかく仕事ばかりしてたわ。
     初めは、そんなことは何も気にしてなかった。でも、あるときに、
     自分に対する親の感情ってものを知りたくなって、あなたと同じように
     家出して、ちょっとしてから帰ってこようと思ったこと何度もあったの。
     でも、一度として家出なんてできなかったわ」

【沙希】「何で、家出しなかったの?」

【氷室】「何となく、もう、すでに手遅れなんだと感じてしまって、
     今さら、そんなことしても、現状は何も変わらないんじゃないかと思ったわ。
     そう思ったら、家出するのがバカみたいに感じてきて気づいたら
     大人になるまで、一回も家出なんてできなかったわ」

【沙希】「手遅れ・・・って、何で何もしてないのにそんなことわかるのよ。やってみなきゃわからないことだってあるでしょ!?」

彼女は私の話しを聞いて、急に怒りを隠せぬような大きな声を出した。
彼女のその怒りのような感情は、苛立ちやそんなものではなく、
過去の私に対し、説教をするようなものであった。

【氷室】「そうね。今思えばあのときに何かしておけば、親と今みたいな関係にならないでよかったのかもしれないわ」

彼女にそう言われると、私は過去の自分の意志の弱さのようなものを感じてしまい、
過去の自分に対して、嘲笑するように苦笑いを浮かべてしまった。
その表情を見て、彼女は、余計なことを言ってしまった、というかんじで戸惑っていた。

【沙希】「ごめんなさい。何もわからない私がそんなこと言える立場じゃないのに・・・」

【氷室】「いいのよ。あなたが言ったことは正しいわ。それに、あなたが私の話しに怒りを感じてくれて嬉しいわ」

【沙希】「えっ?」

【氷室】「あなたが、昔の私の行動に怒りを感じたということは、あなたはまだ、
     あなたが親との現状を変えることができるということを感じているはずよ。
     そして、現状を変えたいという気持ちがまだあると思っているはずよ」

【沙希】「そんなこと・・・」

【氷室】「否定したい気持ちはよくわかるわ。人間なんて、他人から指摘されたことを
     素直に受け止められるような器用な生き物じゃないからね」

【沙希】「・・・・・・」

彼女は、私の話しを聞いてしばらく沈黙し続けた。
私と彼女の会話が途絶えたとき、隣のオフィスからの電話の音や、
桂木さんのところの所員の話し声などが聞えてきた。しかし、
その音も私達には何も関係なかった。まるで、私達の聴覚に
何かのフィルタをしたように、二人の間には静寂の瞬間が流れた。
戸惑いと困惑、その静寂な瞬間はそんなかんじだった。
・・・と、そのとき、その沈黙を破ったのは彼女の一言だった。

【沙希】「・・・私の部屋」

【氷室】「部屋?」

【沙希】「さっき、あなたが二階に居たってことは、私の部屋を見たってことよね」

【氷室】「ええ、悪いとは思ったけど、仕事だからのぞかせてもらったわ」

【沙希】「どんな部屋だった?」

【氷室】「よく整理されたきれいな部屋だったわ・・・でも、何となく寂しい部屋だったわ」

【沙希】「・・・そう、あなたにはわかったのね。私の部屋のことが」

【氷室】「えっ?」

【沙希】「私の部屋に入った人は皆、きれいで整頓されている良い部屋としか言わないわ。
     だけど、私はあの部屋がきれいだとも良い部屋だとも思わない。
     ただの寂しい空間だとしか感じないわ。思い出も何もない。
     ただ休むだけの空間、それがあの部屋なのよ」

彼女のその言葉を聞いたとき、私は、彼女がまさに昔の私と同じだと気づいた。
それに気づいたとき、私は無意識に彼女をきつく抱きしめていた。
その私の突然の行動に、彼女は戸惑いを隠せずに、驚いているようだった。

【沙希】「ど、どうしたの?いきなり」

【氷室】「ごめんなさい。あなたを見ていると、本当に昔の私を見ているみたいで、
     何だか悲しくなってくるの・・・こうやって、抱きしめていないと
     壊れてしまいそうで怖くなってくるの・・・」

私はそう言うと、知らぬ間に涙が流れていた。
彼女は横目で私の顔を見て、それに気づくと、私を落ちつかせるように、
私の背中に細い腕を回して、優しく抱きしめてくれた。

【沙希】「・・・温かい・・・あなたの腕・・・とても、温かい・・・お母さんの腕みたい・・・」

小さな声で彼女はそう呟くと、彼女の頬にはひとすじの涙が流れた。

【沙希】「昔・・・いつも、この温かさを探していた気がする・・・
     悲しいときも、嬉しいときも・・・いつも、この温かさがほしかった・・・
     何よりも温かい温もりがほしかった・・・」

【氷室】「今でも、温もりがほしい・・・?」

私がそう言うと、彼女は静かにうなづいた。

【沙希】「今でも、お母さんの温もりがほしい・・・私の寂しさを無くしてくれるのはお母さんの腕の温もりだけなの」

彼女はそういって、私を強く抱きしめて、私の胸の中でしばらく泣いていた・・・。







あの後、彼女の足の治療をし、私は沙希さんを家まで送り届けた。
彼女はどことなく不安気な表情を浮かべていたが、その表情には
寂しさのようなものはなく、ただ、母親の愛情を求めようとがんばろうとしているようだった。
それを見た私は、彼女は私のようにはならないという安心を感じて、安堵の笑みをこぼした。

彼女の家には、すでに母親が帰っていた。
母親を目の前にした沙希さんはどうしていいのかわからないでいるようだったが、
私が沙希さんの顔を見ると、彼女はゆっくりと何かを感じたようにうなづき。
母親の前に立って、一言、「ごめんなさい」とだけ言った。
その言葉に母親は、一瞬、心配させたことに対する怒りのようなものを感じたようだったが、
しばらくして、重い口を開くように、一言だけ、「お帰りなさい」と呟いた。
それを聞いた沙希さんは、少し照れくさいかんじで笑顔を浮かべた。
その笑顔を見て、私は帰ろうとすると、彼女は私を呼び止めて言葉をかけた。

【沙希】「探偵さん。いろいろとありがとう。私、これから、
     お母さんと良い思い出作って、自分の部屋を楽しい思い出の残る場所にするね」

【氷室】「ええ、がんばってね」

私は彼女の笑顔に笑顔で返事を返し、事務所に帰った。






そのあと、彼女が母親との関係を変えられたのかどうかは知らない。
きっと彼女なら大丈夫。そう思うだけだった。
探偵とクライアントなんてものは、一時の関係であり、仕事が終われば他人である。
何となく寂しい関係でもあるが、それが現実なのだから仕方がない。
でも、本当に寂しいとは思わない。
街の便利屋として、一つの仕事を終え、クライアントの笑顔を見れたときは、
一つの大きな喜びを感じる。その喜びを感じれば、寂しさなんてものはなかった。
ちなみに、今回は小次郎はクライアントの笑顔を見ることはできなかった。
実は、弥生さんと私で捕まえた猫が小次郎が追っかけていた猫だったのだ。
どうやら、迷い猫のクライアントはあまりに逃げる猫に何人かの探偵を雇ったようだった。
そんなこんなで今回、迷い猫のクライアントの笑顔を見れたのは弥生さんだった。
迷い猫を探せなかった小次郎は、今も依頼が達成できなかったことでふてくされていた。
そんな小次郎を見ていると、さすがに私が弥生さんの手伝いをした猫が
小次郎の探していた猫だとは言えなかった。

【小次郎】「あ〜、ちくしょう。どこのどいつだ。俺の獲物に手を出しやがって〜」

【氷室】「いいじゃないのよ。過ぎたことは」

【小次郎】「いつもなら失敗したことを怒るのに、珍しいな」

【氷室】「えっ、そ、そうかしら?」

【小次郎】「そうだぜ。いつもなら、眉間にしわ寄せて、しっかり仕事しろ〜、の一天張りなのに」

【氷室】「い、いいじゃないの。たまには失敗もあるわよ。ほら、猿も木から落ちるって言うし」

【小次郎】「・・・そうだな。天才もたまには失敗するよなぁ」

【氷室】「そうそう、天才もたまには失敗するのよ」

私達はそんな会話をしながら笑っていた。
私にとっての笑顔のもと、それは小次郎なのだろう。
小次郎といると、過去なんてどうでもよく感じる。それは、過去を捨てたのではなく、過去に後悔しないということである。
昔の私がした行動の結果、私はここにいる。悔やむことはたくさんあった。でも、私は今はここにいる。小次郎のそばに居る。
だから、それでいい。私にとっての幸せな思い出をつくる空間がここにある。
だから、それでいい。過去には悔やまない・・・そう思えてきた。

【氷室】「小次郎」

【小次郎】「ん?」

【氷室】「ありがと。これからも一緒に居てね」

【小次郎】「なっ、い、いきなり何を言うんだよ・・・照れるじゃないか」

小次郎は私の言葉に照れ笑いをしていた。

【氷室】「ふふ、ごめんなさい」

それを見て、私もまた笑ってしまった。
やっぱり、私の笑顔のもとは小次郎のようだ。







探偵という仕事は憎まれることが多い・・・だけど、それと同じくらい笑顔をもらえることも多い・・・
その笑顔を求めて私は探偵をしているのかもしれない・・・
過去に自分で探せなかった笑顔、それを一人でも多くの人に探してもらいたい・・・
そのために私達は探偵をしているのかもしれない・・・

二度と戻れない、二度と起こらない・・・そんなことはない・・・
過去にあったことは、自分が望みさえすれば必ずまた起こる・・・
戻れないことなんてない・・・希望さえすてなければ・・・
だから、その希望を捨てないでほしい・・・私達はその手伝いをするだけ・・・

そう・・・私達はあなたの二度とない笑顔を探すために探偵をしているのだから・・・
困ったときは私達があなたを手伝うわ・・・



あなたの NEVER RETURN(二度と戻れない)な思い出のために・・・


そして、NEVER AGAIN(二度と起こらない)な笑顔のために・・・



****あとがき****

今回、FD企画で氷室を担当させていただきました湖南です。
今回のテーマは「愛情と優しさ」ってかんじです。
題名の「NEVER RETURN NEVER AGAIN」は直感でつけさせていただきました。
二度と戻れない、二度と起こらない、という言葉は後悔の念で
考えられがちですが、それは、必ずしもそうではないと言う事を言いたかったのですが、
うまく伝わりましたかねぇ?(^^;
ストーリー的には、TFAの氷室の意味深な親子関係についての会話から、
勝手に私が想像したかんじをまとめて見ました。
氷室と小次郎との掛け合いをもう少し増やしたかったのですが、
ストーリーを考えると、どうも、うまくいかなったので、今回は
ラブラブな氷室×小次郎は少ししか書けませんでした。
期待していた方はすみませんでしたm(_ _)m

あと、ここまで読んでくださった皆さんと、この機会を与えてくださった
ひろえさんには本当に感謝しています。

最後に、締め切りを大幅に遅れたことに謝罪の念をこめながら、
後書きを終わらせていただきたいと思います。

ありがとうございました。

              湖南