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薄暗い部屋の中にベッドの軋む音が響く
或いはそれは男と女の喘ぎ声であったかもしれない

私の上には言葉にならない喜悦の声を挙げる男が居た
耳元で囁く男の声を聞きながら、私は男の首に腕を絡ませて行った
男の唇から生まれて来る言葉にならない言葉は、あまりにも虚しく暗闇に掻き消されて行く
だからそれが私に届かないと思うのだろうか
男は同じような事を何度も何度も私に言い続けるのだ

「その冷たさがたまらない」

再び私を求めてくる男は限ってそう漏らす

「そんなに冷たいかしら?」
「ああ・・・」

熱と血がその冷たさに奪われていくようだ、とその男は何回も囁いた

最早苦痛と感じる事も無い
セックスは何ヶ月にも渡るネゴと、何億と投資してきた資金にも勝る確かな交渉術なのだ
既にこれはビジネスの一部であり、同時に私の、世界に対する挑戦でもあった
私を抱く相手は取引先の社長でも無い
裏世界を牛耳るマフィアのボスに抱かれるわけでも無い
目に見える金と目に見えない金・・・この世界を象る全てが私を抱いている

いや、違う

私が世界を抱くのだ

・・・

私が寝かされるのは限って高級そうなベッドの上だった
そこでは確かに世界が動いている
私の胸と腕の中で、欲望に惑溺する者達によって

(こんなヤツらに)

事をし終えても未練がましく私の髪を撫で続ける男に
にも関わらず次の日の朝には娼婦を見るかのような蔑んだ視線を私に向ける男に
或いは日常生活での精神と肉体の均衡を保つ為にベッドの上で豹変する男に

(世界が動かされている)

私の身体は常に私の身体ではあったが、その名目はその都度変わっていった
フィルブライト財閥の秘書、環太平洋経済調査官、ドラッグ販売ルートを牛耳る女性、或いは社からの個人的な好意・・・
良く言っても客が来る度に名前を変えて相手をする娼婦と言った所だろう

初めてそのように扱われた時に、相手の男が下卑た笑いと共に呟いた言葉を覚えている

『素晴らしいギフトだ』

経営の才能も、ここまで上り詰めてきた過去も、肌の色も、髪の色も、我が家の血筋も、
私が女であると言うだけで意味を為さない事に気付かされた
不幸にも自身の美しさが故に、私は一個のギフトと化したのだ

あの時の男は、私が内心でそういうショックを受けた事に気付いたのかベッドの中で何度も呟き続けた

「オマエは体よく売られたんだ」

その言葉から耳を背けようとする私の仕草があの男の情念を刺激するのだと気付いた時、自然に笑みがこぼれた
性欲を満たしたければもっと少ない金でもっと多くの女を抱く事も出来るはずだ
なのにどうしてこの男は「私」をセックスの相手として選んだのか

理由は明白だった
プライドが高く、社会的なステータスも高い女を無理矢理ねじ伏せたかったのだ
だが、この男の表の顔は、欲望のままに行動を遂げる事で彼が被る社会的なリスクとダメージを十分に計算していた
だから、今、ここで、私を犯そうとしているのだ

(その程度で・・・)

社にとっても安い請負仕事に過ぎない
社員を一人差し出す事で、社とこの政治家の間にスキャンダルという密接な関係を保つ事が出来るのであればこれほど安い取引は無い
その程度の思惑が、この男の言葉の裏に動いていたに過ぎない
だが、結果として社とこの男の繋がりは切りたくても切れないものになるだろう
温厚篤実と世間に謳われているこの男はその程度の計算が出来ない男ではないはずだ
なのに、今、ここで、私を犯そうとしている

予想に反して微笑を浮かべる女の行動に苛立ちを覚えたのか、男は私に声をかけた

「何が可笑しい?」

・・・何が?
これが笑わずにいられるだろうか?

自由と平等と正義を掲げてきたこの国も、詰まる所は下半身の欲望で少なからず動いているのだ
だからこの国からは麻薬と暴行に絡んだ犯罪が無くならないのだろうと言う事も即座に理解できた
この目の前の男が、気位の高い女を犯す事でしか自身の均衡を維持できないような男が、その事を私に教えてくれたのだ

「感謝しなくちゃね」
「何・・・?」
「気付かせてくれたんだから」

男の唇を塞いで押し倒すような形でベッドに倒れ込む

後は快楽に身体を委ねた
この男に抱かれる快楽ではない
この国を、世界の一部を抱くことが出来る快楽が、私を激しく突き動かしているのを感じて居たかった

・・・

気付いて後は何もかもが面白かった

裏でドラッグのルートを確保する為にヨーロッパ系のマフィアのボスに抱かれ、
そしてそのドラッグを使って上院議員とセックスを続け、
時に複数の男女がドラッグの力で我を捨て去って乱れる事もあった

紛れも無い世界の縮図が、私と共にベッドの上に存在している

狂いたければ狂えばいい
薬の力を借りなければダメだというのなら使えばいい
私の身体が欲しいのであれば抱けばいい

私が望む物はただ一つ

『世界を見せてくれればいい』

人間が欲望のままに向かおうとするその先を垣間見せてくれればいい
自由と平等と正義と・・・そういったものがこの世界を構築する要因である事は間違い無い
だが、暴力も欲望も差別も、この世界を同じように構築している
日の光があるから影があるのではない
暗闇があるからこそ光は眩く見えるのだ
正義は悪を作り出し、それを否定する事ではじめて正義となれる

『だから我々はこうして世界に必要とされているのだ』

私の見てきた者たちは、そうと言わんばかりの態度で欲望に身を任せ続けてきた

それを私に見せてくれればいい
反吐が出そうな程の欲望と狂気で世界が動いている事を
私がその渦中に存在している事を

私が彼らの欲望を掌で転がす事で、世界が動いている事を


◆ ◆ ◆


日本で、私と同じ匂いのする女に出会った

SPという立場に居ながら、同時にその立場が故の不満と焦燥も感じており、
何よりその状況を打破するのに何が最も必要かを熟知している
もし彼女が私と同じ境遇に居る事が出来れば、その力を存分に発揮する事が出来るだろう

最も信頼できるパートナーになれる人物
そして同時に最も消しておかなければならない人物

私は、自分でも奇妙ながら、そのどちらも願った

・・・

「公安6課の法条まりな、只今参りました!」
「あら、仕事でもないのに随分気合い入ってるじゃない?」
「うへへ・・・そりゃもうオネエさん、タダより美味いものは無いって言うじゃないのよ」
「ま、過不足無い任務に対する報酬ってところかしらね」
「へえ?」
「な、なによ」
「ルースの口からそんな言葉が聞けるとはねえ・・・明日は雪が降るわ、こりゃ」
「不満があるならいいのよ?ポケットマネーで飲んでくれて結構」
「あん、オネエ様〜〜ん」
「・・・そのシイタケの断面図みたいな目、やめて・・・」

彼女と共にお酒を飲むのは楽しかった
自分と同じ匂いがする者と時間を共有できる喜び・・・確かにそれもある
だが、もっと単純に、彼女と居る事が楽しく思えるのだ

その屈託の無い笑顔の奥にどれほどの暗い光が燈っているのだろう
彼女にはそんな事を微塵も感じさない魅力がある
それは、この世界で生きて行く為に欠かせない能力なのかもしれない
或いはそれを承知の上での笑顔なのだろうか

・・・彼女の笑顔は、今までに見たどの笑顔よりも素敵だった

「んじゃ、とりあえず私はビール」
「何よ、遠慮なんかしなくていいわよ?もっと飲みたいモノ飲んでくれて」
「いやいや、最初はビールと決めてあるのよね」
「あらそう」
「二杯目以降は御好意に甘えてじゃんじゃん飲ませて戴きますわよ」
「い、いいわよぉ?御好きなだけどうぞ」
「あ、声引きつった〜」
「・・・そう思うなら遠慮して欲しいものだわ
 あ、私はブラッディ・マリーを」
「あら、似合うもの頼むじゃない?」
「好きなのよ、色が」
「色がねえ・・・血の色を思い出すから、とか?」
「さあ、どうかしらね」
「しっかし似合うわねえ。血をすする金髪美女かぁ・・・何か女吸血鬼みたい」
「・・・」
「自分を美しく見せるために夜な夜な男の生き血を啜るんだわ・・・うっへー」
「あのねえ・・・」
「ま、それだけ似合ってるって事よ」

吸血鬼、か
似たようなものかもしれない
私が吸っているものはまさに『血』なのだから

生きる為に無くてはならないもの
絶えず循環し、身体中を駆け巡る金という名の血
血を啜り、血に塗れ、そして血を求める

闇の部分に生きる私は、なるほど吸血鬼に例えられても不思議ではない

・・・

暫く談笑しあった後、私は意識して唐突に話を持ちかけた

「・・・まりな」
「ほへ?」
「私と共に来ない?」
「え!?ルースってやっぱり女の身体に興味があったのね!?」
「そうじゃなくて!」
「わかってるわよ。ただあまりに唐突だったから」
「別にすぐに答えを出さなくてもいいわよ
 ただ、貴方が望むものが私達にはあるって事を伝えたかったの」
「・・・わかってるわよ」
「でしょうね」

十数杯目のカクテルを、まだ美味しそうに喉に流し込むまりなの姿からは、
何処か打ち崩せない、強固な意志のような物を感じる事が出来た

「じゃあ何故今の仕事に拘るわけ?誇り?」
「そういうのも無くは無いわね、正直
 でも何て言えば良いんだろう・・・私はその為に生きて来たから、かな?」
「・・・」
「・・・ごめん、上手く表現できないわ」
「何か難しそうね」
「でもないかもしれない。もっと単純なものかもしれないわ・・・よくわからないけど」
「いいわ、我々にはその意志があるって事よ」
「ありがとう。でも多分・・・貴方とは居られないわ」
「どうして?」
「わかってるでしょ?似過ぎているわ、私達」
「・・・」

明確な敵意を抱き始めたのはこの時が最初だったのかもしれない
しかし、それは好意と同居する敵意
憎悪とは一つになれない敵意
だから私は強く、激しく、狂おしい程に彼女の血を欲したのだろうか

「ね?」

彼女の笑みは、本当に素敵だった
その彼女を抱きたくなる衝動・・・それが皆無であったかと言えばウソになるかもしれない

私の口から漏れた溜息は、決して偽りのものではなかった

「残念だけど、一番はっきりした理由ね」
「うふふ〜ん♪」
「まあ忘れて頂戴
 ちょっと私の仕事も忙しいから、まりなみたいな人が居てくれたら助かるかなって思っただけだから」
「じゃあ忘れる」
「・・・速いのね」
「だって酔ってるもん」
「ふふふ。でも明日の任務は二日酔でダメなんです、では困るわよ」
「そのあたりは大丈夫、ちゃんとほどほどにするから
 お酒じゃ無くて任務の方をね」
「正直だこと・・・ま、明日もよろしくね」

・・・

まりなが帰って後も私は独りカウンターで時を過ごしていた

「マスター、ブラッディ・マリーをもう一杯」

血の色をしたカクテルの向こうには、赤く染まった彼女の姿が浮かんで来る

『上手く言えないけど似過ぎているから
 だから、貴方を消さなくてはならない』

有能な敵を目の前にすることの喜び
恋焦がれるほどの相手を消さなくてはならない悦び
その血は、一体どんな風に私の腕を染めるのだろうか
その時、私はどれほどの快感を覚えるのだろうか

グラスの水面には、私の歪んだ口元が映っていた
血の色をした紅い液体が私の咽喉を濡らすのを感じる
いつも抱くあの快感、それと同じ・・・いや、それ以上のものが私を待つのだろうか

『私達は、似過ぎているから』

あの悦びと力を知っている者を、自分と同じ匂いのする者を消さなくてはならない
自分の半身を見つけた悦びと、それを消してしまった後の喪失感
そしてその後に待つ例え様の無い快感・・・



願わくば、血の色よ、より鮮やかでより美しくあれ
鮮血の薔薇よ、私の胸に咲き乱れかし


「ブラッディ・マリー」(02.6.20)

アクアを書いた「蜃気楼」に続いてFD企画の為に書いた、ルース小説です。

あまりZEROの作品とは関係ない所で書きました。
やたらとセックスだの犯すだのという単語が出てきて我ながら自己嫌悪状態ですが、
皆様の中のルースにも、程度の差こそあれ、こういうイメージがあるのではないでしょうか。
作品内でも「自分が必要とされたのはその身体のためだった」みたいな記述がありましたし。

まりなとの会話に関しては、作品内でこういう会話もしたかもしれない程度で書いてますので細部のつっこみは勘弁してくださいね♪
イメージ的にはTFAのまりなっぽく書いたつもりです。
ZEROのまりなは、何と言うか若さと言うか青臭さみたいなものが多分に感じられたもんですが、
TFAをやった後で感じたまりな像だったなら、ルースとどういう会話をしたのかな〜ってくらいで書いております。

後ルースがレズっぽくなってしまったのは完全に私の独断と偏見ですが、
これも皆様の中には少なからずこういうイメージがありませんでしたか?

タイトルは例のカクテルから。
そのものの由来は何でしたかね。異教徒迫害で怖れられ、「血塗れマリー」の異名を持った女王でしたか?
ここでは単にルースに似合いそうだなって感じであまり考えなく付けてます。