小次郎「ったく、何でこの俺様が、イジメ問題なんて解決しなきゃならないんだ」
俺は近くに落ちている小石を蹴り上げると、渋々歩き出した。
小次郎「こんな仕事は、内調にでもやらせとけばいいんだ」
小次郎「……内調はそんな仕事なんかしないって? 余計なツッコミは不要だぜ」
小次郎「さて、そうこうしているうちに、目的の学校についたぞ」
俺は不遜なまでに威圧的で荘厳な門を前に、立ち尽くした。
小次郎「……負けた」
がっくりと項垂れる。
小次郎「畜生、俺だって、そのうちこのくらいの門を構えた事務所を建ててやるぞぅ」
小次郎「……」
小次郎「分かってる、何度も言うが、余計なツッコミは不要だ」
小次郎「……」
小次郎「本当に、何でこんな仕事引き受けちまったのかな……」
時は遡る事3時間前──
小次郎「依頼ですと?」
恭子「ちょっと、何よその気味悪い口調は」
小次郎「いや、まぁ、久しぶりの単語に、気が動転したわけだ」
恭子「しっかりしてよ、もう。小次郎が帰ってくるまでって、待たせているんだから」
小次郎「あ、あぁ……奥の接客室だな?」
恭子「いつそんな部屋が出来たのよ」
小次郎「言ってみたかっただけだ」
恭子「そのうち、作りたいわね……」
小次郎「そんな遠い目でアッチの方向を見るなよぅ」
恭子「さ、いつまでも外でこうしているのも何だから、早く中に入って」
小次郎「おう。ところで依頼内容は?」
恭子「それは、本人から訊いて頂戴」
小次郎「へいへい」
俺は扉を開けると、事務所の中に入った。
椅子を見ると、一人の老女が座っている。
白髪、皺のある肌、老人独特の丸眼鏡。
西洋人?
……とも思わせる顔立ちだな。
小次郎「ちわーっす、三河屋でーっす!!」
老女「へ?」
小次郎「……」
老女「……」
小次郎「(しまった、この年代にはこんなギャグは通じなかったか)」
老女「あの、氷室さん、三河屋さんが来ましたよ」
老女は落ち着いた様子で外にいる氷室を呼ぶ。
小次郎「コホンッ!! ……自分が、あまぎ探偵事務所所長、天城小次郎です」
俺は咳払いをし調子を整えると、椅子に座って自己紹介をした。
老女「アラ、三河屋さんではありませんの?」
小次郎「三河屋は……俺のもう一つの姿だ」
老女「まぁ、兼業ですか。大変なことですねぇ」
老女は納得したように頷く。
小次郎「まぁ、三河屋はいいとして」
老女「はい、依頼です」
小次郎「内容を教えて頂けますか?」
老女「先に、依頼を受けて下さるかどうか、ではなく?」
小次郎「訊いてから決めましょう。ウチは、何でもかんでも引き受けるような、そこらの俗っぽい探偵事務所とは違いますので」
老女「確かに、こんな辺境の港の倉庫を間借りしている事務所で経営なされているくらいですから、俗とは懸け離れておりますわね」
老女は、再び納得したように頷く。
小次郎「(むぅ、複雑な心境だな……)」
老女「では、先に依頼内容をお話ししましょう」
小次郎「っと、その前に、お名前をお伺いしたいのですが」
老女「あ、失礼」
老女は口元に手を当てた後、鞄の中から名刺を取り出す。
老女「私、こういう者です」
小次郎「成程、『こういう者』さんですか」
老女「いえ、名刺をご覧下さいませ」
小次郎「(サラッと流されてしまったぞ)」
俺は老女の手から名刺を受け取る。
小次郎「(何々……? ……館林不動産株式会社社長……館林米? ……って……!!)」
小次郎「……ゴホッ!?」
俺はつい咳き込んでしまう。
老女「アラ、どうしました? 大丈夫?」
小次郎「い、いや……」
小次郎「(館林不動産株式会社って……あの超有名大物不動産の社長かよ)」
小次郎「(……氷室のヤツ、知ってて言わなかったな)」
俺は扉の前に立っている氷室の方を睨む。
恭子「……♪」
氷室は得意気な顔でこちらを見返してきた。
小次郎「(くっ、何だかしてやられた気分だ)」
米「あの、どうしましたか」
こめ
小次郎「あ、ああ、いえ……えっと、館林米さんですか」
よね
米「いえ、館林米です」
小次郎「っと、それは失礼を」
米「いえいえ」
小次郎「(米、か……随分と時代がかった名前だよな)」
米「時代がかった名前、とお考えですね?」
小次郎「(げっ!?)」
小次郎「……いえ」
さしものこの俺のポーカーフェイスも、保っていられたかどうか自信が無いぞ……。
米「ふふっ、いいんですよ、この仕事をやっておりますと、よくそう言われますから」
小次郎「……失礼ですが、お幾つで?」
米「もうこの年齢になると、気になるような事もありませんよ。83です」
小次郎「ハチッ……!?」
米「親分」
小次郎「違います」
米「ふふっ」
小次郎「(う〜ん、何だかこのお婆ちゃん好きになれそうだ)」
小次郎「(しかし、どっからどう見ても、60代にしか見えんが……若いな)」
米「有り難うございます」
小次郎「いえいえ」
恭子「(会話が成立しているところが凄いわね……)」
小次郎「それでは、そろそろ本題に入りましょうか」
米「ええ、本題……依頼内容ですね」
小次郎「はい」
米「孫の、イジメ問題を解決して欲しいのです」
小次郎「はい?」
小次郎「……ってなわけだが」
俺は改めて不貞不貞しい門を見る。
小次郎「やはり、お坊ちゃんなんだよな……名門私立中学校か」
小次郎「……チッ、正直嫌いな部類だ」
小次郎「……べ、別に嫉妬しているワケじゃないぞ」
小次郎「そこっ、どもったとか言うなっ」
小次郎「取り敢えず、蹴ってみよう」
小次郎「うりゃ」
俺は忌々しい門の下部めがけて、強烈な下段蹴りを見舞わせた。
【結果】──痛かった
小次郎「くっ、おのれ門め……」
男子生徒「何してるの?」
小次郎「ん?」
それが、俺と問題のガキとの出会いだった……。
Bullying and Bravery written by. hiroe |
小次郎「何用だガキ」
男子生徒「えっ、あっ…ご、ごめんなさい」
目の前のガキは、いきなり頭を下げて謝罪してきた。
そんな事されると、バツが悪くてたまらんぞ。
小次郎「いや、別に謝らなくてもいいんだが」
男子生徒「え? あ、そ、そうでしたか、ごめんなさい」
小次郎「だから、謝るなと言っているだろう」
男子生徒「は、はい、すみません」
小次郎「……」
ひょっとして、俺はからかわれているのだろうか?
小次郎「あ〜…お前、この学校の生徒か?」
男子生徒「あ、はい、そうです」
小次郎「この学校に、館林幸多って生徒がいるんだが、知っているか?」
男子生徒「あ、はい、僕です」
小次郎「ん?」
男子生徒「僕が、館林幸多です」
小次郎「……」
俺は懐から、米ちゃんから貰った館林幸多の顔写真を取り出す。
小次郎「……」
男子生徒「あ、あの…?」
小次郎「…うむ、確かにお前が館林幸多のようだな」
幸多「僕に何の用でしょうか…?」
幸多は怯えた子犬のような目で俺の眼を見る。
小次郎「そんなに怯えるな、俺がお前に何か悪い事でもしているみたいじゃないか」
幸多「…悪い事する人じゃないんですか?」
小次郎「オイ、ガキ。俺が悪人に見えるのか」
幸多「は、はい…」
小次郎「……」
フッ…
馬鹿に見えるとか阿呆に見えるとかは言われ慣れているが、流石に悪人に見えるとガキに言われてしまうと、傷付くものがあるな。
小次郎「いいか、幸多。今の俺はギザギザハートだ」
幸多「は、はい…?」
小次郎「だから、今のお前の一言に傷付いたんだ」
幸多「えっ!? す、すみませんでした!!」
小次郎「いや、いや、謝らなくていいんだ。それで、俺の言いたい事が解るか?」
幸多「いえ…」
小次郎「つまりだな、今の一言で傷付くようなか弱い心の持ち主が、悪人である可能性があるか? って事だ」
幸多「…無い、ですね」
小次郎「だろう? そう、俺は善人なんだ。日本で“ミスター善人”といったら俺の事を指すんだぞ」
幸多「えっ、そうなんですか!?」
小次郎「勿論、その通りだ」
幸多「わぁ、凄いですね!! 今まで知りませんでした、すみません」
小次郎「…あ、あぁ…き、気にする事は無いぞ」
何だかとてつもなく悪人になっている気分がするんだが…
幸多「それで、その善人さんが、僕に何の用でしょうか?」
だが、幸多の怯えは解けたようだぞ。
うむ、やはり俺は良い事をしたようだ。
小次郎「あぁ、んっと…だな…」
しまったな…
こんなに早くターゲットに遭えるなんて思っていなかったから、遭った時の対応を考えていなかったぞ。
ちなみに、米ちゃんに依頼されて来た、なんて言っちまうのは論外だぜ。
そんな事したら、桐野杏子になってしまう。
幸多「…?」
小次郎「そう。俺は善人だから、困っている者の気配を察知出来てしまうのだ」
幸多「え…?」
小次郎「分からないのか? だから、幸多は困っているだろう? 俺は、その“困っている気配“を強く発していた幸多に気付いて、助けに来てやったのだ」
幸多「そ、そうなんですか…?」
幸多は困惑気味の顔だ。
まぁ、誰だってそういう反応をするだろうな…
小次郎「ああ、そうだ。幸多、何をそんなに困っているんだ? 俺に言ってみてくれ」
幸多「で、でも…見ず知らずの人に…こんな場所で、話せないよ」
小次郎「む? そうか。じゃあ、どっか店にでも入るか」
幸多「あ、その…」
小次郎「何、心配するな。金なら俺が払ってやる。奢りだ」
幸多「…い、いいんですか?」
小次郎「いいに決まっているだろう。俺を誰だと思っている? 困っている人を放っておけない、“ミスター善人“こと天智小次郎だぞ」
どうせ経費から出るしな。
幸多「天智小次郎…さん、っていうんですか」
小次郎「おう、そうだ」
幸多「で、でも、知らない人について行っちゃいけないって、お婆ちゃんが…」
小次郎「何を言う。こうして仲良く話しているんだ。もう俺達はフレンドも同然だろう?」
幸多「…そ、そうですか?」
小次郎「そうだ」
幸多「じゃ、じゃぁ…いいですよ」
小次郎「よし、話が分かる良いヤツだな。どういう店がいい?」
流石に、ショットバーなんかじゃマズイだろうな。
話をするには、あそこが最適だが。
幸多「ファーストフードがいいです」
小次郎「…ファ、ファーストフードか。OK分かった」
ファーストフードというと、異言語を話す今時の若者やらがたむろしている、異空間ではないか。
天城小次郎一世一代の気合いを入れねばならんな…
何?
オッサンだと?
悪かったな、今年でもう3ピ━━━━━歳だよ。
だが、氷室なんかもう3ピ━━━━━歳なんだぞ。
とはいったものの、何とヤツは3ピ━━━━━歳の癖に女子高生の制服を着ても違和感が無いのだ。
まぁ、そういうわけでいつまでも制服プレイが出来るわけだが…
…氷室に言うなよ。
幸多「こ、小次郎さん…?」
小次郎「…んあ?」
幸多「ど、どうしたんですか、急ににやけたりして…」
小次郎「あ、いや、その…俺は、ハンバーガーが大好物でな。今から食べられると思うと…と、期待に胸膨らませていたわけだ」
幸多「そうなんですか」
小次郎「うむ、全く以てその通りだぞ。その他の雑念などは一切無い」
幸多「それじゃ、行きましょう。一番近いところでいいですよね?」
小次郎「おう、勿論だ。案内してくれ」
幸多「はい、それじゃぁ」
歩き出す幸多についていく。
そして歩く事5分。
目的のファーストフード店に着いた。
店員「いらっしゃいませ〜♪ ご注文の方、お決まりでしたらどうぞ♪」
小次郎「幸多、何頼む?」
幸多「えっと…それじゃぁ、チーズバーガーセットで」
小次郎「OK。お姉ちゃん、チーズバーガーセット2つと、スマイル4つください」
店員「申し訳ありません、スマイルは先程売り切れました」
小次郎「…う、売り切れるものなのか…」
店員「はい」
小次郎「それじゃ、チーズバーガーセット2つと、お姉ちゃんください」
店員「申し訳ありません、私は既に売り切れました」
小次郎「何、既婚者か!?」
店員「はい」
小次郎「その童顔で…君の旦那さん、反則だぜ…」
店員「では、ご注文の方はチーズバーガーセット2つで宜しいですね?」
小次郎「おう」
店員「合計、893円になります」
小次郎「…ヤクザ?」
店員「はい、旦那が」
小次郎「…念押しまで完璧かよ、やるな君」
幸多「小次郎さん、席こっちですよ」
小次郎「おう、サンキュ」
俺は金を払うと、幸多のいる席にトレイを運んでいった。
小次郎「ふぅ、どっこらせっと」
最早座る時の掛け声が欠かせなくなってきてしまったのだが、もう手遅れなのだろうか。
小次郎「さて、と…んじゃ、食いながらでいいから、教えてくれよ」
幸多「え?」
小次郎「え、じゃないぞ。困っている内容を教えてくれないと、俺が助けに来た意味が無くなってしまうだろう」
幸多「だ、だけど…」
小次郎「…ふむ。それじゃ、当ててやろうか」
幸多「え…?」
小次郎「俺は“ミスター善人“だからな。一般人とは変わった特殊能力の持ち主でもあるんだ。だから、気配も感じられるし、その理由も探れば分かってしまうのだ」
幸多「ほ、本当ですか…!?」
小次郎「ああ。ちょっと待ってろよ…」
俺は幸多の額に手を当てる。
小次郎「ふむ…うむ…」
そして、何か思念しているような仕草を見せる。
小次郎「おう、分かったぞ。イジメだな?」
幸多「えぇっ!? な、何で分かるんですか!?」
小次郎「だから、言っているだろう。俺は一般人とは違うってな」
幸多「ほ、本当なんですね、凄い…」
オイオイ、本当に感心しているぞ。
素直過ぎる…
確かに、今まで接してきた感を思うと、虐められやすいタイプではあるな。
だからといって、虐めていい理由には成り得る筈も無いがな。
小次郎「それで? イジメの内容を教えてくれるか?」
幸多「あっ、はい…えっと、靴の中に画鋲入れられたり…筆箱隠されたり…いつも僕だけ除け者にされてたり…」
小次郎「……」
まるでガキのやる事だな。
…って、事実ガキか。
しかし、こういうガキの問題を解決するのは思った以上に苦労するモンだ。
もし簡単だったら、イジメ問題なんて大々的に取り上げられないからな。
小次郎「…幸多」
幸多「は、はい」
小次郎「お前はそれでいいのか?」
幸多「…い、いいんです」
いいのかよっ!!
とかツッコミを入れると泣いちゃいそうなくらい弱々しいぞ。
コイツが女だったら思わず抱き締めてやりたくなるくらいだ。
…
…だから、氷室には言うな。
小次郎「それでいいんだったら、悩む必要はないだろう?」
幸多「あっ…」
幸多はハッと顔を上げる。
何だ、矛盾していた事に気付いていなかったのか。
小次郎「俺はお前の『困っているよ波動』を受けてやって来たんだからな。論理的に合致しない」
幸多「そ、そうですよね…」
小次郎「どうしたいんだ? お前は、そのイジメている連中と、どうしたい?」
幸多「……」
黙りか。
ここで深く追求するのは得策じゃぁない。
いったん転換させるのがルンペンのやり方だ。
…
…自分で自覚し始めてきたのかもな。
小次郎「…何人だ?」
幸多「え?」
小次郎「お前をイジメている連中は、何人位なんだ?」
幸多「6人…」
小次郎「6人か…結構な人数だな。殴り合っても6対1じゃ無理か」
勿論俺の事じゃないぞ。
小次郎「お前がイジメられていて、周りの生徒達は?」
幸多「見て見ぬふり…そのグループ、学校で番張ってるから…」
小次郎「番? 何だ、お前んトコの学校は、銭湯でも営業しているのか」
幸多「違いますよ、番長グループです」
小次郎「……」
何だか、一気に幸多に親近感を覚えたのは気のせいだろうか。
番長グループ…
何て古臭くて懐かしい言葉なんだ…
そんな連中今じゃ存在しないと思っていたんだがな。
それに良いトコの坊ちゃん嬢ちゃん学校だし。
とは言うものの、長ランだとか番カラだとかっていうイメージじゃぁないんだろうな。
いわばチーマー系か。
ま、俺からすれば、どんな連中だろうとタダのガキに過ぎないが。
小次郎「成程、番長グループか…だが、そうすると学校側から制裁とか無いのか? お前の学校、名門私立だろう」
幸多「その中の一人が、理事長の息子で…誰も口出し出来ないんです」
…な〜るほど。
ありがちなパターンだ。
だが、それだとコトだな…
直接制裁なんか出来ないじゃないか。
小次郎「う〜む、難しいな…」
幸多「で、ですよね…」
うぉっ!?
しまった、俺の呟きで幸多が俯いてしまったぞ!
小次郎「ああ、難しい」
幸多「は、はい…」
小次郎「あぁ、難しい」
幸多「……」
小次郎「幸多、考えてくれないか?」
幸多「えっ、あ…で、でも…」
小次郎「まぁまぁ、いいじゃないか。どうやったら、アソコにいるお姉ちゃんを口説き落とせると思う?」
幸多「…へ?」
小次郎「いや、アソコに紫色のロングヘアー美人がいるだろ?」
俺は右側を指差す。
幸多「…はい、います、けど」
小次郎「どうやったら落とせるかなぁ…」
幸多「…あの、真面目に考えてください」
小次郎「ん? あ、あぁ、そうだな、悪い悪い」
声が少し怖くなったぞ…
それだけ威圧出来るんだったら、イジメられる事も無いんじゃないかと思うがな。
小次郎「まぁ、アレだ、簡単な事だ」
幸多「簡単…なんですか?」
小次郎「おう、勿論」
幸多「…どうすればいいんですか?」
小次郎「お前が、ほんの少し勇気を出せば済む事さ」
幸多「……」
俯いてしまった。
それが嫌なんだな。
小次郎「…あのな、いいか幸多」
幸多「…何ですか」
小次郎「イジメってのは、当人に何処かしらの付け入られる隙が生じているから起こる現象なんだ」
幸多「……」
小次郎「お前がほんの少し勇気を出せば、それを塞ぐ事が出来る」
幸多「……」
小次郎「…怖いのか?」
幸多「は、はい…」
小次郎「なぁに、大丈夫。多人数でイジメをやってる連中なんて、大した奴等じゃぁない」
幸多「…でも」
小次郎「何だ?」
幸多「僕には…無理です…貧弱だし…」
小次郎「何も殴り合ってこいって言ってるわけじゃないんだぜ?」
幸多「で、でも…僕が口答えしたら…アイツらは絶対…殴ってくる…」
小次郎「そうしたら、勇気を出して警察に訴えろ」
幸多「そのくらいの事じゃ…警察は動いてくれませんよ…」
ガキの癖に大人のそういった部分は知っているんだな…
まぁ…
俺もそうだったか。
突っ張って突っ張って…大人なんか、って…
ははっ、今考えると笑っちまうな。
小次郎「じゃあ、俺が陰で見ていてやるよ」
幸多「えっ?」
小次郎「殴られそうになったら、出て行ってやる。大事なのは、自分から抵抗を始めるという事なんだ。きっかけが誰かに言われたというものであろうとな」
幸多「……」
小次郎「一度抵抗したら、その後は楽なモンさ。ヤツらもビビるしな」
幸多「……」
小次郎「…まだ勇気が出ないか?」
幸多「…はい」
しょうがないな…
小次郎「よし、それじゃあ、一つ昔話をしてやろう」
幸多「昔話?」
小次郎「あぁ、俺の、な」
幸多「小次郎さんの…」
小次郎「実は、俺も昔イジメに遭っていてな」
幸多「えっ、小次郎さんがっ!?」
小次郎「オイ、何だその有り得ないっていうリアクションは」
幸多「い、いや、その…意外過ぎるくらい意外で…」
小次郎「…まぁ、そういう経緯があって、俺は日本で一番の困った者の味方になったわけなんだが」
幸多「そうだったんですか…」
それを簡単に信じてしまうコイツ、可愛すぎるぞ。
幸多「やっぱり、小次郎さんも、僕みたいに…臆病で弱虫で…?」
小次郎「……」
違うんだがな。
俺の場合は…
…
…いいや、下らない。
やめようぜ。
小次郎「…ああ、そうだ。こう見えても、俺は昔はチビで貧弱でな」
幸多「そうだったんですかぁ…」
小次郎「ああ。ある時、一人のオヤッさんと出逢ってな」
これは本当だ。
俺は中学生の時、オヤッさんと逢っていた。
幸多「オヤッさん…?」
小次郎「ああ…俺の生涯の…腐れ恩師だ」
幸多「恩師なのに…腐れ?」
小次郎「ま、細かい事は気にするな」
…にしても、その時に逢ったオヤジが、後に弥生の父親桂木源三郎その人だったと知った時は、俺も…勿論ヤツも本気で驚いたがな。
小次郎「丁度、今の幸多と俺みたいな感じだ」
幸多「へぇ…その人も、いい人なんですね」
小次郎「…あ、あぁ…そ、そうだな…『いい人』…だ」
幸多「あれ、どうしたんですか? どもっちゃって…」
小次郎「いや!! どもってなんかいない、いないぞ」
故人は尊ぶべきだとは思うが、どう考えたってあの野郎は『いい人』じゃぁなかったぞ。
幸多「そうですか…?」
小次郎「あぁ、そうだ、勿論だとも。いい人師匠だからな」
幸多「へぇ…凄い人なんだ」
小次郎「…ああ」
悔しいが…それは認めるよ。
小次郎「…で、だ。俺も、師匠に言われて、勇気を出してイジメていた連中に向かって行ったんだ」
…事実と違うけれどな。
幸多「そ、そしたら…?」
小次郎「勿論!!」
幸多「も、勿論…?」
小次郎「その後イジメは無くなったよ。『お前勇気あるな、見直したじゃん』って」
幸多「へぇ…良かったですね!」
小次郎「あぁ、良かった。良かったさ。だから、幸多…お前も」
幸多「……」
小次郎「少しは勇気が湧いてきたろ?」
幸多「…はい」
小次郎「よし、それでいい。じゃあ、連中を呼び出すぞ」
幸多「えぇっ!?」
小次郎「どうした、いきなり大声なんか出して」
幸多「よ、よ、呼び出すって…い、今から…ですか…?」
小次郎「あたりきしゃりきだ」
幸多「…古いですよ」
小次郎「ぐっ…」
大人しい顔して突っ込んでくるところは突っ込んでくるんだな、コイツは…
幸多「そ、そんな…無理ですよ…」
小次郎「オイオイ、今湧き出てきた勇気は何処行った?」
幸多「……」
小次郎「…幸多。お前、男だろ?」
幸多「…それって、男女差別の一環ですよ」
小次郎「ガクッ…」
だ、男女差別って…
小次郎「あのなぁ…男には、やらなきゃいけない時ってのがあるんだよ」
幸多「だから、何で男だけなんですか…男は強くあるべきだとかって…違いますよ」
小次郎「…じゃあ、言葉を言い直すぜ。人間には、やらなきゃいけない時ってのがあるんだよ」
幸多「…女の人にも、ですか?」
小次郎「…勿論だ」
桂木弥生。
氷室恭子。
法条まりな。
シリア=フラット。
プリン。
そして…御堂真弥子。
俺の出逢ってきた幾人もの女性の顔が浮かんでは消える。
彼女達は皆重いモノを背負って戦ってきた。
いや…
戦い終わった者もいれば、まだ戦い続けている者もいる。
間違いなく言える事は、その精神の強さに女性であるが故の弱さ、という性差などは無かった。
…と、思うんだけどな。
俺が鈍感で気付いていないだけかもしれないが…
幸多「……」
小次郎「あのな、幸多」
幸多「何ですか…?」
小次郎「正直、イジメってのは当人にとっちゃ重大な問題なんだろうがな…」
幸多「はい…」
小次郎「お前、去年のLostOne事件って知っているだろう?」
幸多「はい」
小次郎「あの事件における犠牲者の遺族の気持ち、考えた事あるか? もし自分も手遅れになって死んでいたら、と考えた事は?」
幸多「ぁっ…」
小次郎「…イジメ? 結構じゃないか。そんな下らない事やってるような連中のために、己の人生の歩みを止めるな。そんな障害、軽く踏み潰していってやれよ、気にせずに歩いていけ。死ぬほど重大な問題なんかじゃないさ」
幸多「…小次郎さんは…どうしてこんなに強くなったんですか?」
小次郎「死ぬか生きるかの瀬戸際に多く立ち合えば人間成長するもんさ…なるべくなら、そんな状況に陥りたくはないモンだがな」
幸多「死ぬか、生きるか…」
小次郎「…まぁ、このいい人の仕事をするってのは、それなりに苦労するからな」
幸多「…そう、ですね」
小次郎「……」
幸多「僕…頑張ってみます」
小次郎「いいや、そんな必要はないさ」
幸多「え?」
小次郎「頑張るのは、もう終わったんだよ。ここまででいい」
幸多「ど、どういう…?」
わはは、戸惑ってるな。
無理もないか。
小次郎「頑張るのは、勇気を振り絞るために必要なだけだ。その勇気は、連中に反抗しようとする意志のために必要なだけだ。後は、気楽に呼び出して、気楽に言ってやればいい。『もうお前ら俺をイジメるなよ』ってな」
幸多「……」
幸多は目が点になっている。
別に目が点といっても、女神が転生したわけじゃないぞ。
いや、別に女神が転生するゲームというわけでもないんだが…
…どうでもいいな。
小次郎「よし、分かったらササッと呼び出しちまおうぜ」
幸多「…はい!!」
ハハッ、いい返事が出来るようになったじゃないか。
俺と幸多は連中を呼び出した公園に先に着くと、ブランコに座って待つ事にした。
小次郎「ワハハッ! ソレソレソレ〜ッ!」
俺はブランコに立つと、重心を前後に移して勢いよくブランコを漕いだ。
幸多「……」
…オ〜イ、無反応かよぉ。
小次郎「昔はブランコで一回転するのが夢だったんだがな、物理法則を知ってから、人がブランコの立ち漕ぎで一回転させるのは不可能だという事を知ってしまい、儚くもその夢は崩れ去ってしまったというわけだ」
幸多「……」
…無視かよぉ。
小次郎「まさか今更腰が引けたなんて事はないよな?」
幸多「まさか」
やっと反応があった。
嬉しいぞ。
小次郎「ならいいが…ヨッ、と」
俺は立ったままブランコから飛び降り、無事着地した。
フッフッフ、この技はなぁ、素人がマネしようとすると、ブランコが不安定になり転んでしまうという危険性をはらんでいるんだ。
マスターするまでに結構な時間を費やしたものだぞ。
小次郎「んじゃ、俺はそこの陰から成り行きを見させて貰う事にするか」
幸多「…はい」
…まるで人が変わった様だぞ。
俺は茂みに隠れた。
待つ事15分。
ようやく連中のお出ましだ。
イジメッ子A「どうした館林? 俺達呼び出すなんてよォ?」
イジメッ子B「金でも貢いでくれンのかァ?」
連中は6人…
想像通りのガキチーマーどもだ。
幸多「話があります」
イジメッ子C「話…だァ?」
幸多「はい」
イジメッ子D「つまらなかったら罰金な?」
幸多「嫌です」
イジメッ子D「ンだとォッ!?」
イジメッ子E「まぁ、まぁ…聞いて上げようじゃないですか、ねぇ?」
イジメッ子F「…ああ」
イジメッ子D「チッ…しょうがねぇ」
イジメッ子A「早く言えよオイッ!!」
…傍から見ていると実に面白い連中だ。
思わず噴き出しちまいそうになる。
幸多「今日限り、僕をイジメるのはやめてください」
イジメッ子全員「…あァ?」
幸多のその言葉に全員して眉を釣り上げさせる。
幸多「っ…イジメをやめてください」
幸多は連中の表情に怯むが、力強く一句一句、相手に伝える。
小次郎「…よく言った」
俺はついつい口元を綻ばせてしまう。
さて、これで後は連中がどう出るかだが…
イジメッ子B「オイ、テメェ…ナメた口きいてると…ブッ殺すぞッ!?」
連中の一人が飛び出しナイフを懐から取り出した。
チッ、ヤバイな…血気が盛んすぎるぜ。
そろそろ俺が出る場か。
幸多「っ!!」
流石の幸多も、光り物を前に腰が引けている。
仕方ない、行くぜ。
と、俺が出ようとした時…
幸多「や、やれるモンならやってみろ!!」
幸多はナイフを出したガキを挑発した。
イジメッ子B「ンだとォ…あぁ、やってやるよォ!!」
小次郎「あんの馬鹿っ…!!」
俺は完全に予想外の幸多の行動に驚きながら茂みを出た。
しかしここから走ったところで、ナイフ持っているガキを止めるには完全に間に合わない。
小次郎「ッ…!!」
俺は咄嗟にジャケットの内ポケットに手を入れると、グロック22を取り出しナイフ目掛けて発砲した。
ダーンッ!!
…カランカランッカランカランッ
静かな町並みの一角にある公園に、無粋な発砲音が響き、続いてガキの手から離れ落ちたナイフの金属音がこだまする。
流石に発砲はまずかったか…
しかし、ああする以外に方法は無かった。
俺のミスだ。
小次郎「…チッ」
俺は舌打ちし、サッと内ポケットに銃を隠し入れ、代わりにサングラスを掛けると、ガキどもの前に出て行った。
小次郎「オイ。ガキのケンカに、光りモンはマズイだろ」
俺は表情を崩さず、低い声でガキどもに告げる。
イジメッ子D「ぅっ、ぁっ…」
イジメッ子B「はっ…はぃっ…」
ガキどもは全員、完全に萎縮しちまっている。
無理もない、生まれて初めての生の銃の音を聞いたんだからな。
小次郎「俺はタマタマ通り掛かったモンだが…聴けばお前らイジメをしていたそうだな、あァ?」
ドスの利いた声でガキどもに声を掛ける。
小次郎「いいか、男ならやる時はタイマンでやれ、武器なんざ使うな。次見かけたら、テメェらタダじゃおかねぇぞ…分かったな? …分かったら散れ!!」
俺が大声をあげると、ガキどもは一斉に走り去っていった。
小次郎「…ふぅ、マズったな」
俺はサングラスをはずすと、そう毒づいた。
小次郎「おぅ、幸多、大丈夫か?」
幸多「…ぁっ、は、はい」
小次郎「? どうした?」
幸多「こ、小次郎さん…本物の…ヤクザみたい…だったから…」
小次郎「ガクッ、失礼な…」
幸多「そ、それに…銃…」
小次郎「ン? あぁ…ま、こういう職業やってたら、身の危険も多いからな」
幸多「た、大変ですね…」
小次郎「…そう怯えるなよ。今のは演技の一環さ」
幸多「は、はい…でも、マズった…って?」
小次郎「いや、な…こう脅しただけじゃ、仕返しが、な…」
幸多「仕返し?」
小次郎「そうだ。お前の学校の理事長の子供が、あの中にいたんだろ?」
幸多「はい」
小次郎「…下手すりゃやめさせられるか…っと、デカイ音出しちまったからな、いつまでも此処にいるわけにはイカン。よし、ずらかるぞ!」
幸多「え? は、はい!」
俺は地面に落ちたナイフと弾を拾うと、幸多の手を引き走り出した。
小次郎「…さて…事態はどう転ぶやら…」